東京高等裁判所 昭和29年(ネ)1548号 判決
一、本件売買が県立新潟病院の事務長室で契約され、それについて、同病院の公印が押捺された同病院名義の発注書及び契約書が作成されたことは、前記認定のとおりである。(中略)
しかして、地方自治法第一四九条には、知事は支出命令の事務を担当する旨を、同法第一七〇条には、出納長は出納その他の会計事務を掌る旨を規定すると共に、更に同法第二三二条第二項には、出納長は知事の命令がなければ支出することができない旨を規定しているが、これらの規定は、県の支出事務については、支出を決定命令する命令機関(支出機関)とこの命令に基いて出納をする実行権関(支払機関)とを分立させ、実行機関である出納長又は出納員(出納長の事務委任を受けた出納員)は、命令権関である知事又はその事務委任を受けた吏員の命令がなければ、出納をすることができないものとして、不当違法な支出を防止せんとする趣旨に出たものであり、従つて、出納長又は出納員には、支出の決定命令については権限がなく、まして支出の原因となる契約その他の債務負担行為については、なおさら権限のないことを明らかにしているものと言うことができる。従つて本件の場合脇本治郎の出納員としての権限が、被控訴県のためにする契約その他の債務負担行為に及ばなかつたことは、右法律の規定の趣旨から明らかであつたのである。
のみならず、地方自治法第一四七ないし第一四九条及び第一五三条の規定によると、県を代表し、県の経費を以て支弁すべき事件を執行し、財産を管理し、支出を命令する等県の事務を管理執行する権限は、原則として知事にあるのであつて、知事以外の職員は、知事からその権限に属する事務の一部を委任され、又は臨時に代理させられた場合にのみ、その事務に限つて権限を有するのであり、従つて県立新潟病院における物品の購入その他の被控訴県の事務についても、知事の岡田正平以外には、特に知事から事務の委任を受けた職員のみが、その事務に限つて権限を有していたのである。しかるところ、同病院における物品の購入については、院長の竹内仁幸が知事から委任された権限は、一廉一〇万円以内の物品の購入に限られ、院長でさえこれを越える金額の物品の購入については権限がなかつたことは既に認定したとおりである。また地方自治法第九六条及び第二四三条並びに「新潟県議会の議決又は住民の一般投票に付すべき財産、営造物又は議会の議決に付すべき契約に関する条例」(昭和二三年一〇月二六日新潟県条例第三八号)第三ないし第八条の規定によると、(乙第一〇号証参照)、新潟県においては、競争入札による予定価格五〇〇万円以上の物件の購入又は競争入札以外の方法による予定価格三〇〇万円以上の物件の購入については、議会の議決を経なければ契約を締結することができない(但し競争入札による予定価格一、〇〇〇万円未満の物件の購入又は競争入札以外の方法による予定価格五〇〇万円未満の物件の購入について、急施を要する場合には、議会の議決を経ないで契約を締結することができる)ことになつているから、本件の如き、競争入札以外の方法による価格一、〇〇〇万円に及ぶ毛布の購入については、急施を要すると否とにかかわらず、被控訴県の議会の議決を経なければ契約を締結することができなかつたのに、本件のすべての証拠によつても、本件売買について、被控訴県の議決があつたことは認められないし、また控訴会社がかかる議決があつたと誤信した事実も認められないのである。
以上の認定に徴するときは、たとい控訴会社が前記認定の如き本件売買の場所その他の事情から、脇本治郎に本件売買をする権限があるものと信じたとしても、その信じたことにつき、正当な理由があつたとは認められない。
二、阿部久一及び脇本治郎が、被控訴県のため本件毛布を購入する権限がないのに、共謀して、脇本治郎の保管する県立新潟病院の公印を使用して同病院名義の発注書及び契約書を作成交付し、控訴会社をして、同人等に本件毛布を購入する権限があり、従つて被控訴県との間にその売買が行われるものの如く誤信せしめ、昭和二八年一月一四控訴会社から本件毛布一万枚を騙取した事実については、当事者間に争がない。
そこで、同人等の右共同不法行為が被控訴県の事業の執行につきなされたものと認められるか否かについて、検討するのに、阿部久一が県立新潟病院の事務長として、院長の指揮監督の下に医療看護以外の同病院の事務一切を処理することを職務としていたこと、脇本治郎が同病院の出納員として、同病院の出納及びこれに伴う会計事務を処理し、また会計主任として、院長の指揮監督の下に同病院の会計事務一切(出納員としての事務を除く)を処理することを職務としていたことは、前記認定のとおりである。しかし、被控訴県の事務を管理執行する権限はすべて知事にあつて、知事以外の職員は、知事から事務の一部を委任され、又は臨時に代理させられた場合に、その事務に限つて権限を有するものであることが地方自治法に規定されていること、そして当時県立新潟病院の院長といえども、物品の購入について知事から委任された権限は、一廉一〇万以内の物品に限られ、これを越える金額の物品の購入については権限がなかつたこと、被控訴県では本件の如き価格一、〇〇〇万円に及ぶ物品の購入契約をするには、議会の議決を経なければならないことが被控訴県条例に規定されていること、なお出納員の権限は、出納及びこれに伴う会計事務に限られ、契約その他の債務負担行為には及ばないことが、地方自治法の規定の趣旨から明らかであること等に徴するときは、阿部久一及び脇本治郎の右共同不法行為が同人等の職務の範囲に属し、被控訴県の事業の執行につきなされたものと認定することは困難である。故に被控訴県が使用者として、阿部久一及び脇本治郎の共同不法行為による損害を賠償すべき責任があるとする控訴会社の右主張は理由がない。
(角村 菊池 吉田豊)